2013年03月09日

責任をとるということ

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( ̄∀ ̄)何ヶ月ぶりの更新になるのやら・・・
(´・ω・`) 体感的には数ヶ月放置しているような気分ですね
( ゚д゚ ) おかえりなさいませと言っておこう。


さて、この数ヶ月、色々なことがありました。政治方面では。
動き出した震災復興、使えない日銀総裁の実質的な更迭と金融緩和による円安、それに伴う株高。
200兆円規模の財政出動による公共事業計画により、ボロボロになったインフラ整備もめどが立ち始め、賃上げをする企業が出ており、失業率も改善の様子が見られます。


(つ∀ ̄)財政出動を削ったアメリカや欧州とは間逆ですな。


とはいえ、懸念事項がいくつか。


原発の再稼働、来年(2014年)以降に 安全審査の年内終了困難か
http://www.47news.jp/CN/201303/CN2013030301001628.html

歪められる安倍総理のTPP発言
http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-11477246988.html

>安倍総理は、「交渉に参加するかどうかを判断する」と言っているにも関わらず、全ての大手紙が「参加表明」という言葉を見出しに掲げています。

そして、とどめがコレ。

政府の決算書に誤記…参院委開けない状態に

 政府の2010年度決算書に添付する資料の一部に、誤記があったことがわかった。
 国の債務負担行為に関する資料の中に、誤った数字がいくつか見つかった。政府は今後、ほかに誤記がないかどうかを含め、数万件ある関連資料を点検する考えで、「訂正には1か月以上の時間が必要だ」(政府関係者)としている。

 与党は2月中の決算の承認を目指していたが、このあおりで参院決算委員会が開けない状況となっている

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20130302-OYT1T01275.htm


(つ∀ ̄) 要約するとエネルギー供給問題、マスゴミの偏向報道(2chまとめブログも含め)、民主党の置き土産。
(#^ω^) 原発はともかくとして下の二つはおかしいだろ
(`・ω・´) まーいつものことといえばいつもの事ですがあまりにもひどいですなー。



安倍さんや麻生さん、それに谷垣さんについては偏向的なバッシングを真に受けたネットの情報強者(自称)も敵に回った状態でしたが、それでも先回の選挙で自民党は大勝しました。

何故か?

仕事をしていたからです。


「野党だからできる事は与党の批判・コキ降ろし・足をひっぱることしかない」という態度であったならば、とうに今の民主党のように消滅の道をたどっていたでしょう。

2010年度の鳩山政権では、箇所付けや外交など、ことごとく約束を反故にする政府に必死に法律を守らせようとしました。(その中で、脱税の追求などなどの政治家への批判もありましたが)

口蹄疫の際は緊急対策チームを作って対策案の提出と法整備の骨子をまとめ、次に起こった震災でもいち早く現地からの要望を吸い上げて国会で必死に訴えていました。さらに、谷垣総裁(当時)を初め、安倍議員や森まさこ議員、小野寺議員、小泉進次郎議員などなど継続的に現地に出向いています。

結果に繋がる形で仕事をしているわけですね。

政治家が「責任をとる」とは、「政治における問題を解決する」ということです


「辞めて他の人間に任せる」とはそれができない場合の次善の策であり、そして「次に任せた人間が自分よりはマシな解決策を持っている」という場合のみに行える責任のとり方です。


(´・ω・`) 閑話休題(それはそれとして)

最近、ブログの更新が滞っていたのも(これからもどーなるか分かりませんが)、これだけ長く更新中断していたからには、面白い記事を書かなければならないというプレッシャーがありまして。
要するに、自分の中で「偉い自分」とか「すごい自分」という外面を保ちたいという見栄です。何がえらいのかは分かりませんが。そして社会に何かを伝えなければならないという義務感にとらわれて、結局のところ何もできなくなっていたと。(これからもどーなるかわかりませんが)

やりたい事は色々とありますので、気が向いた時から継続してゆこうと思います。


( ̄∀ ̄)最後に、個人的にチョイスしてみた最近の国会はこちら。
(`・ω・´)下手なTV番組よりも面白いです。

03.08 衆議院予算委員会 中山成彬議員:従軍慰安婦の強制連行は朝日新聞の捏造である
http://www.nicovideo.jp/watch/sm20276282

H25/3/7 衆議院予算委員会・細野豪志【自爆】:振りかぶる前に刺さる民主党のブーメラン
http://www.nicovideo.jp/watch/sm20267859

02.18 参議院予算委員会 西田昌司議員(自民):JALのインサイダー取引問題。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm20123677
posted by つるや(国会AA職人二代目) at 12:47| Comment(1) | TrackBack(0) | 人生哲学(文章のみ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月05日

どのモノサシを使うのか?

世の中、国内と国外合わせてさまざまな不条理やイベントが渦巻いておりますが、それらの解説は他のブログに任せまして。

今回は、”モノサシ”についてあれこれ。

やる夫と学ぶ人生哲学、第四話(やる夫の就職浪人編)のテーマに深く関わっておりますが、人は人それぞれに基準(モノサシ)を持っています。

学生の頃を例にとりましょう。
夜22時には寝て朝7時に起きるという生活習慣や、ゲームは一日何時間まで、テストの点数はこれくらいとればいい、親に言われるままに塾へいき、学力に合わせて志望校を決め、あるいは部活やバイトはこれくらいがんばって・・・などなど。

そして大学を卒業し(あるいは高校や専門学校を卒業し)、多くの人は就職活動にあくせくすることになります。そして、モノサシにぶつかります

貴方は、私の会社の為に何ができますか?

この質問に対して、学校のテストでいい点を取りました、という方は少数派でしょうし、バイトでリーダーシップを取ったのでなんていう方も今では少数派でしょう。
ともあれ、企業は色々な方法で尋ねてきます。「貴方は、私の会社のために何ができますか?」と。

これに対して、私の作中にある”やる夫”は答えを用意できず、混乱し、いわゆる就職のハウツー本にあるような薄っぺらなポジティブシンキングで立ち向かい、そして挫折しました。

やる夫が挫折した最大の原因は何か?

「何ができるのか?」という質問に対して、やる夫は「相手のモノサシに合わせて服従する」以外のパラダイム(価値観)を持ち合わせいてなかったからです。
作中のやる夫は、就職活動をするまで”言われるがままにそこそこ頑張って”生きてきました。
親に言われるがままに塾に通い、そこそこの点数を取り、他人に恥じないランクの大学を受け、そして何をやりたいのかではなく、安定や世間的な評価を求めるために就職先を選び・・・。

こういう人間が「ありのままの自分で行け」と言われた場合、高い確率で「礼儀をわきまえずに、自分の都合のみを他人に押し付ける」という形になります。

やる夫もそれがNGであることは分かっています。だから、自分の採用権を持っている面接官に屈服し、卑屈になる。嘘やごまかしをする

しかしながら、まともな企業は奴隷を求めてはいません。自己中な人間はさらに求めていません。状況次第でどちらにでもなる中途半端な人間ならなおさらです。

では、どうすればいいのか? やる夫はどうしたらよかったのか?
自分と相手、両方を同時に尊重することです。自分には自分のモノサシ(この場合にはAという企業に就職したいという願望)があり、相手には相手のモノサシ(Aという企業は自社企業の利益となる人材が欲しい。ただし不景気なので採用人数は限られる)があるということを”弁える”こと。
そしてその上で、相手のモノサシに自分が合わない場合もあるということを、覚悟すること

相手のモノサシにやる夫のモノサシが合わなかったところで、それはどちらが悪いという話ではないのです。

世の中にはさまざまな基準があります。社会的な基準と、自分で自分を褒めてやりたいと思う基準、その他。一つの物体だって、重さや長さ、色、においなどの基準があり、それは同時に並立しえるのです。一つのモノサシのみがあると思うと、自分の芯がなくなってしまいます。そして自分の芯がない人は、簡単に尊大になり、或いは卑屈になります。
自分の芯を持たない人は誇りを持つことができませんし、誇りのない人には他人を尊重することはできません。

分かり易く表現するにはかなり難しいテーマですが、まだ作成途中の人生哲学、第四話にて、このあたりを掘り下げたいと思います。

本日のコラムは以上です。参考になりましたら、下のバナーをクリックお願いします。
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posted by つるや(国会AA職人二代目) at 22:15| Comment(4) | TrackBack(0) | 人生哲学(文章のみ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月03日

人間は簡単にオン・オフできない。

明日から頑張る!

という言葉を、2chを見ている人ならご存知かと思います。
しかし現実はというと、そうそう頑張ることはできません。或いは一時は頑張ることはできたとしても、すぐに初心を忘れ、決意は鈍り、さまざまな言い訳にまみれてやめてしまうことがしばし。

何故、失敗するか? 四つに大別されます。

目標設定が明確でない。
目標を果たす為に支払う”代償”を用意しない。
目標が自分の良心に反するものである。(罪悪感を伴う、或いは誰かに強いられてやらされるものである)
目標が設定が非現実的であり、今、この場にいる自分の能力を無視している。


苦痛を伴うだけで達成感がない努力は長続きしませんし、今ここにある自分の事を度外視した目標など叶えられるはずもありません。誰かにひけらかす為の努力、誰かに怒られないための努力など恨みと挫折を残すだけです。

しかし、それでもなお、願望を実現させる為には対価を支払う必要があります。

農場の法則というものがあります。

種を蒔かなければ、刈り取ることはできない。

種を蒔いても、収穫の時期までには多くの手入れをしなければならない。

水をやり、肥料を整え、雑草を排除し・・・そして、待つ。
学問であれ仕事であれ、上位の九割に入り込むほどに極めるのにはおよそ五年から七年の時が必要と言われています。

現在は、過去に行った膨大な研鑽の果てにあります。
今の忙しい世の中では、何でも「すぐに結果が欲しい!」という声であふれています。しかし本能的に、大多数の人は分かっています。”自分にはそれが無理だ”と。そこで自分を慰めるために、こういいます。

私は悪くない! 私には責任がない!!

政府が悪い、社会が悪い、親が悪い、企業が悪い、エトセトラ、エトセトラ。
合理化するための要素には事欠きません。そして極論から極論へ移り、いわゆる教祖様に利用されます。

貴方の人生の責任は、貴方自身にあります。

理不尽に、他人や社会の責任のケツを持て、というのではありません。自分が何をするのか、その意志と行動については自分のものであるという覚悟がなければどうなるか?
自分の人生を生きるのではなく、他人に人生を操らせることになります
そういう人生もまた、過去に自分が蒔いた種が刈り取られた結果です。

「物事はやり続けていると少しずつ簡単になる。物事そのものは変わらないが、それを行う能力が高まるからである」 
エマーソン


何かを成し遂げたいのなら、小さなことから始める事です。
まずは一週間、決めた時間に起きる事。これを家族に言って、守る。その程度の事で、信頼を積み上げることができます。他人だけではなく、自分自身の信頼を得る事ができます。

(´・ω・`) とりあえず私は、「毎日ブログを更新する」が当面の課題です。

本日のコラムは以上です。参考になりましたら、下のバナーをクリックお願いします。
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posted by つるや(国会AA職人二代目) at 22:53| Comment(2) | TrackBack(0) | 人生哲学(文章のみ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月13日

詭弁の使い方、詭弁の見破り方【そのT】

賢者は原因につき議論し、愚者は原因を決めてかかる。
アナカルシス「断片」


論争や討論の目的は勝利であってはならず、改革でなければならない。
ジューベル「パンセ」


さて、一方で不滅の名言を多数出され、尊敬されておりますデール・カーネギー氏は「議論に勝つ方法はただ一つ、議論をしないことである」と述べられております。曰く、負ければ負けたのだし、勝っても相手の敵意を買うだけで何も得る事はない、と。

ですが、現在はやや情勢が異なるのでは、と私は考えています。

インターネット、特にツイッターの発達により「ネット上での議論が公に知らしめられる」ということが頻繁に行われた為、当事者vs当事者での主観的な判断の応酬のみならず、それが複数の客観性を持ち、また記録に残る為、検証のための教材、および言動の一貫性の証拠として残るからです。

某橋下市長は絶版となりました過去の著書で、「議論に勝つ方法は、言う事をころころ変えることだ」と言っておりますが、今は逆にその手の発言の矛盾は簡単に検索にひっかかり、多くの人によって検証され、逆にその発言の正当性を失う結果となります。
たとえその場での議論の相手を打ち負かすことができても、です。

さて、本題。

詭弁の使い方

まず言っておきたいのは、「詭弁を使え」という事を推奨しているわけではありません。
「詭弁を使う能力がある」という事は、すなわち「詭弁を見破る能力がある」ということに直結するからです。
そして自分自身の誠実さを保つ為でもあります。
何故ならツイッターでも2chでも、そして現実世界でも、「自分自身が無意識のうちに詭弁を使う」というケースがままあるからです。
その危険を心に留め、自省し、逸脱した詭弁を弄していた場合はその過ちを認める必要があります。
・・・といっても、あえて詭弁を用いて、相手が同意したら「ああ、これは○○という理由で詭弁だから」というちゃぶ台返しをするというテクニックもありますが。

閑話休題。

論理とは何か?

「前提(仮定)が正しいということを証明する手段」です。

それゆえに前提が間違っている場合、完璧な論理を駆使すればするほどに、論理は破綻してゆきます

では詭弁とは何か?

1.間違っている前提を正しいという結論にすること。
2.正しい前提を間違っているという結論にすること。


この二つです。それ以外はありません。正しいものは正しい、間違っているものは間違っている。事実誤認を含めて、正しいことが間違っているとされるのは詭弁が展開されたからですし、間違っていることが正しいとされることもまた詭弁が展開されたからです。

ここで、一般的な議論の流れを見てみますと。

1.まず前提(主張内容)がある。
2.反証がなされる。
3.その反証への反論がなされる。

詭弁の入る余地は、1、2、3、全てに存在します。
まず最も陥りやすい、そして展開しやすい詭弁が、

2.反証がなされる。について「その反証は、本当に前提(相手が主張する内容)に対する反証なのか?」

と言うことです。用いられるテクニックとしては論理の飛躍、すり替え、などという言葉がありますが・・・
「前提のすり替え」、「前提の飛躍」という言葉が最もしっくり来るでしょう。
これは(間違っているが主張している本人は正しいと思っている)前提を展開する際にも用いられます。

例を出しますと、「Aという前提が存在する」と「Aという前提からBという事実が導かれる」という論理には、「AとBは因果関係がある」という無言の「前提」があります。それに合理性があるのが論理、ないのが詭弁です。「疑って慎重に検証」していけば、分かります。最も簡単なのは相手に質問することです

貴方がAという前提を主張していることは分かった。しかしA=Bという等号が成り立つというのは何故ですか?」と。

もしくは、「Aという前提それ自体」が間違っている場合も多々あります。
その場合には、「どうしてAという前提が成り立つのですか?」と尋ねればいいだけのことです。

主張には3つあります。1.事実、2.原則、3.意見です。
事実や原則に基づいていない意見は、客観性や妥当性に欠きます。
では事実や原則に基づいている意見とは何か?
定量的な値、もしくは観測された結果という裏打ちが存在するということです。

自爆する方は、「言葉だけ」で「○○なのは常識的なの!」とのたまいます。一方、私の尊敬する方は出典を元に「自分で検証してこう」という言い方をします。ここで、単純なコピペのみでの言葉尻の揚げ足取りは、ともすれば「論理のすり替え」に終始し、詭弁の入る余地を大きくします。その分、「言葉の扱い」については鍛えられますが・・・。

逆に、自分が何かを主張するからには、「A=Bとなるという主張がどういう条件で成り立ち、どういう条件では成り立たないのか?」を常に検証する必要があります。できれば、定量的なデータを元にして。
その際に、「自分が間違っているのではないか?」という事を常に念頭に置くことが出来れば、たとえ議論に負けたとしても自分を高めるという効果は最も高くなります。

議論とは、物事の妥当性を確認するための手段です。

さて。かくいう私も議論、論理性、詭弁については勉強中の身です。
特に「検証能力」や「自省」という事柄に対しては、まだまだ学びたいことが多いです。
またこのテーマについて考察する機会がありましたら、順次投下していきます。

今回の記事はここまでです。
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posted by つるや(国会AA職人二代目) at 07:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 人生哲学(文章のみ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月11日

苦しみから這い上がる

このごろ、ブログを更新していません。

開設当初から半年くらいは毎日どころか日に2、3回のペースで更新していましたが、半年前には滞りがちになり、今では週に2回くらいというていたらく。

言い訳はいくらでもできます。仕事が忙しい。持病のせいで稼動時間が限られている。国会AA劇場を作るには工数がかかる。自分の時間をもっと持ちたい。あるいは、質の高いコンテンツを出すためには仕込みの時間がかかる。具体的には本を読んだり、ネットを調べるなどなどのインプットが必要・・・と。

でも、それってこのブログを訪れる読者には何にも関係がありません。

更新されなければ見放される。面白い記事があればちょくちょく来る。
有用かそうでないか? 自分の時間を使うほどwktkするようなものか? それだけです。

私はこれまで、やる夫をモチーフにした人生哲学で、努力や挫折、お金について扱っていますが、アレはまさしく私自身の(現在進行形の)劣等感を裏返しています。

自分の恥をさらけ出すのはアレですが、具体例を出しましょう。
先週は緊急の仕事が入り、即日、クレームの元となった原因分析を行って営業に報告する必要がありました。(ちなみにつるやさんはじゅうごさいです
夕方、報告を終えたと安堵しましたが、連絡してみると追加でさらに解析をして欲しいとの依頼があり、通常の2割増しの残業をする破目となりました。
そしてその仕事により、他の仕事が遅れがちになり、会議でうとうとするという醜態を晒した。
私のそばにいた上役は、今週の仕事内容の報告会において、「きちんと仕事をしろ」と私にお怒りの言葉を言った。

社会人になれば、100点とは言わぬまでも、「最低限これだけ」というラインが存在します。そして私はそれを満たせなかったので、叱られた。一方で、私がそういう醜態を晒すのは、仕事の納期を満たすことを優先するならばかなりの確率で必然的に起こることだった。しかし私の仕事ぶりを見ていたその上役の方は、私が居眠りをしたことのみを問題視し、他の事は無視した・・・。

ブラック企業にお勤めの方はこの愚痴を見て、「甘ったれ」と言うことでしょう。ともあれ、「私にとっては」その上役の態度は許せないことだった。・・・ガキの甘えであり、会社人としては失格なことですが。

人は給料のみで仕事をするわけではなく、ある程度の「納得」や「満足感」がなければ、心は容易に折れてしまいます。それこそ、自分の芯がきちんと出来ているような強い人でない限りは。

ここでモノの本を読むと(七つの習慣や加藤諦三氏の著書など)、「他人は他人、自分は自分。自分が何であるかは自分で選ぶことが重要」というような言葉が繰り返し述べられています。

ただ、どうしても他人の評価は気になります。
他人、特に上司や上役が自分を、「手駒」としてみているのか、「人間」としてみているのか、そこを知ることができねば、よほど気合いの入った人間でない限りは潰れてしまうでしょう。あるいは「他人に甘い汁を吸い取られ、消耗する」という悲劇も起こるかもしれません。他人が自分をどう扱おうとしているのか、そして自分がそれに対してどのような反応を選択するのか、我々は自覚しなければなりません。

さて、そこでブログ更新が滞った件に話を戻すと。
疲れて気力がない、国会のAA化するのが時間がかかる、のほかに。

「どうしていきなりやめちゃったの?」もしくは、「あれだけ待ったのに久しぶりの更新がこんなつまらん記事か」
と、読者の方々から言われるのが怖かったからです。
他人の期待に応えたい、面白いやる夫記事を、あるいは有用な政治・経済の解説を。そう思ってハードルを上げ、立ち止まり、そして「明日からがんばる」と言いつつ、「私はこんなに苦しんでいるんだ」とぐちぐちぐちぐち言って、結局は何もしない。

繰り返します。

そんな事情は、他人にとっては知ったことではない。

仕事は成果のみが求められるし、ブログは更新頻度と面白さが求められる。それ以下でも以上でもないし、その環境を選んだのは自分です。どちらも、今まで築いたモノを捨てる覚悟さえあれば辞めようとできる。

裏を返せば、他人が私に何を求めるか、私は知ったことではない。ということでもある。

〜〜をしないから怒られる、見捨てられる。その恐怖を抱えていますが、自分なりに頑張った上で見捨てる人はその程度の人ですし、自分なりに頑張った上で「基準に達しないから」と怒る人は、「所詮、そこまで」です。この先も自分に対してハードルを引き上げ無限に要求し続けるでしょうし、そんな人に評価されたいと願うならば無限に無理をしなければならなくなる。

ただ、それは全て、「自分が勝手に作り上げた想像上の相手の対応」であり、「自分はこうである・こうしなければならない」という罪悪感や劣等感の裏返しでもあります。

私は怠け者であり、しかもいわゆる普通の人よりも忍耐力の低い人間です。すぐに努力することができませんし、努力を継続させることもままなりません。他人の些細な言葉に傷つき、悩み、疲れ、どうでもいいやとゲームや睡眠、トレードに逃避し、そしてようやく反省してまた立ち上がる・・・。「自分は頑張っているんだ。こんなに苦しんでいるんだ」と自分に嘘をつきながら。

苦しんでいること、それ自体に価値はありません。苦しみの中から這い上がる事に価値があるのです。負けを選ぶことはままあります。しかし負けを選び続けることは、その人の責任です。

政治の不満を言う前に、社会の不正を言う前に、ツイッターで自分と意見の違う人を論破する前に、まずは自分が何を出来るか定め、そして出来る範囲を増やさなければならないと痛切に感じています。

とりとめもない話になりましたが、今週は更新や仕事、私生活について頑張っていきたいと思います。それができたら来週、再来週と、出来る事を増やしていきたいと思っています。

本日のコラムは以上です。参考になりましたら、下のバナーをクリックお願いします。
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posted by つるや(国会AA職人二代目) at 14:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生哲学(文章のみ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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